基本編
3 耳ツボ療法の歴史
紀元前2 3世紀、今から約2000年以上前に書かれた中国最古の医学書である
『黄帝内経』に記述がありました。
『霊枢』「耳介の静脈を刺せば痛みをとめることができる」
『素問』「引つけを起こし人事不省に陥っている者には、管でその両耳に管で吹き付けなさい」
それ以後、歴代の医学文献や書籍、民間に伝えられているものの中に耳介を針で刺したり、揉んだり、薬で塞いだりする方法で刺激して病を治したり、予防したりするなどの記述が随所に見られます。
例
「マラリアにかかったらすぐに蛇の脱け殻で両耳を塞ぎなさい」
「耳の尖端に灸をすれば角膜炎を治すことができる」
「石の針で耳輪の内側を刺して、皮膚の発疹を治す」
「小児の耳垂を揉んで引きつけを治す」
「両耳をふるわせて頭痛を治す」等
いずれも「耳」がいろいろの内臓や臓器と生理的にも病理的にも何からのっながりをもっているのですが、本格的な治療法として確立していた訳ではありませんでした。
1957年、フランスの外科医ポール・ノジェー氏が解剖学的見地からまとめた『耳と人体との関係』という論文をドイツの針灸学雑誌に発表されました。耳に圧痛点を求めて、その圧痛点に物理的療法(針 もんだり等)で刺激を与えると、その疾患に効果があることを報告し、その圧痛点の部位で患部を知ることも出来るし、逆に患部によって圧痛点の起こる部位が分かるというものでした。その当時の西洋医学の立場からは、ほとんど支持されませんでしたが、この体系化によって耳針療法は一段と発展していきました。
現在では、耳ツボ療法と併用した治療法をとっている医者も増えてきました。耳ツボ療法は、何千年という歴史の中で臨床に臨床を重ね今日に至っています。